近大理工通信
令和3年度 近大理工通信(第1号)
教育・研究
巨大ブラックホールの宇宙ジェットと星間ガスの衝突を初観測
銀河における大規模ガス流出の謎
ほとんどの銀河の中心には、太陽の百万倍以上の質量をもつ巨大ブラックホールが存在しています。活動的な巨大ブラックホール周辺では、光速に近い速度で電荷と質量をもつ粒子が、ブラックホールの自転軸に沿って双方向に噴き出している場合があり、この高速な粒子の流れは「宇宙ジェット」と呼ばれています。「宇宙ジェット」はその周囲に存在する銀河内の星間ガス雲と衝突し、星の材料となる大量のガスを外へ押し出す流れを作り、その結果、星の生成を抑制するなど、銀河の進化に大きな影響を及ぼすものと考えられています。しかし、そのようなガス流出を引き起こす原因は、ブラックホールを取り巻く円盤から放たれる光子であるかもしれず、質量をもつ粒子からなる宇宙ジェット、質量をもたない光子のどちらがガス流出を引き起こすのか未だ解明されていません。
重力レンズクエーサー MGJ 0414+0534
私たちの研究チームは、太古の銀河における宇宙ジェットと星間ガス雲の衝突現象を探るため、地球から110億光年の距離にあるクエーサーMGJ 0414+0534 に注目しました。クエーサーとは、活動的な巨大ブラックホール「活動銀河核」をもつ銀河を指し、MGJ 0414+0534は、「重力レンズ効果」を受けているクエーサーとしても知られています。MG J0414+0534と地球との間に存在する別の銀河中の星やガス、そして銀河を包み込むダークマター粒子による重力が、レンズのようにMG J0414+0534が放つ光の経路を曲げ、本来は1つの銀河が4重に分裂してみえます。そのような効果を重力レンズ効果と呼んでいます。重力レンズ効果によって多重像がみえる場合、個々の像は本来の像に比べ大きく引き延ばされてみえるのです(図1)。
若い宇宙ジェットと星間ガス雲の衝突
今回のアルマ望遠鏡による電波観測で、私たちはMG J0414+0534の高解像度撮影に成功しました。さらに、重力レンズ効果を精密に調べ、観測された4重像から拡大される前の像を合成し、約6ミリ秒角(=1度の360万分の6)という超高解像度で本来の銀河の姿を再現しました。解析の結果得られた110億光年先の銀河の姿は、クエーサーの中心部に、塵やプラズマガスが放つ明るい核があり、その左右に宇宙ジェットが伸び、星間ガス雲の成分である一酸化炭素分子ガスが宇宙ジェットに沿って分布している、というものでした(図2)。また一酸化炭素分子が放つ電波のスペクトルを詳しく調べると、宇宙ジェットに沿って星間ガス雲が予測される値の数倍程度の速さで激しく運動していることが明らかになりました。これは、巨大ブラックホールが放つ宇宙ジェットが周囲にある星間ガス雲と衝突し、温められたガス雲の塊が激しく揺さぶられていることを示している、と私たちは考えています。
さらに注目すべきは、宇宙ジェットの長さと星間ガス雲が衝突している領域の大きさです。ジェットが伸びる速さが光速程度だと仮定すると、これらは巨大ブラックホールが宇宙ジェットを吹き出し初めてから数万年程度しか経っていないことを示しています。通常、宇宙ジェットが吹き続ける期間は数千万年程度であると考えられていることから、観測された宇宙ジェットは、吹き出されて間もない「ジェットの幼年期」を示しているものと思われます。さらにMG J0414+0534の観測的な特徴は、理論シミュレーションによって予言されていた、若い宇宙ジェットと相互作用する星間ガス雲の性質と良く一致していました。
これらの成果は、銀河の進化初期において巨大ブラックホールが放つ宇宙ジェットが、どのように星間ガス雲に影響を及ぼし、どのように銀河の巨大ガス流出を引き起こすのかを明らかにする手掛かりになるでしょう。
(2020年3月21日近畿大学、台湾中央研究院、国立天文台、東京大学の4機関合同でプレスリリース)
著者:
井上開輝(近畿大学)、松下聡樹(台湾中央研究院)、 中西康一郎(国立天文台)、峰崎岳夫(東京大学)
掲載メディア:
3月21日 ALMA望遠鏡公式サイト(英) "ALMA Resolves Gas Impacted by Young Jets from Supermassive Black Hole "
4月12日 NHK 関西のニュース(12:10-)「星誕生の鍵 ブラックホール撮影」
4月24日 科学新聞 p.1 「ブラックホールジェットと星間ガスの衝突を観測」
掲載ニュースサイト:
ScienceDaily phys.org TechNews Astronomie.de FUTURA SCIENCES UNIVERSETODAY.COM Urania VICE SYFY WIRE
掲載論文: “ALMA 50-parsec-resolution Imaging of Jet–ISM Interaction in the Lensed Quasar MG J0414+0534” The Astrophysical Journal Letters, 892 No.2 L18 (2020)
(理学科物理学コース 井上開輝)
兵藤憲吾 講師開発のオキシム反応試薬が富士フィルム和光純薬株式会社より、販売されました
開発されたオキシム試薬とトランスオキシム化反応を駆使することで、ケトンからの直接的な第二級アミド合成、アルデヒドからのニトリル合成、アセチルアレーンおよびアルカン類からの脱アセチル型アミノ化反応をおこなうことができます。本件は、日本プロセス化学会 2019 ウインターシンポジウムにて優秀賞を受賞されています。(HP*より抜粋)
*URL
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0105-0941.html
(理学科化学コース 兵藤 憲吾)
ドイツ・リューベック大学での在外研究報告
近畿大学の在外研究制度を利用して、2019年9月から2020年8月までドイツ・リューベック大学に留学しました。リューベックは北ドイツのバルト海に面した人口20万人ほど都市で、かつてハンザ同盟の盟主として栄えた世界遺産の街として有名です。
リューベック大学は、同一敷地内にUKSHと呼ばれる州立病院を有する医学・理工系の大学です。私の滞在した組織は医療情報研究所であり、4名の教授がそれぞれ研究グループを構成し、総勢22名の博士課程院生が Research Assistantとして在籍しています。下の写真はその時の集合写真です。私はMarcin教授の率いるMedial Data Science GroupにGuest Professorとして滞在しました。
私の在外研究の目的は、Marcin教授の持つAppsLab(Assessment of Physical and Psychological Signals)と呼ばれる実験室の利用と、機械学習の技術を用いて人の身体的な痛みを検出・評価するプロジェクトへの参加の2つでした。前者のAppsLabは床面がすべて圧力センサーに覆われており、それとカメラや身体装着型の加速度センサーなどを同期させて計測可能とする実験室です。私が最近取り組んでいる身体系のスキル認識の研究にこの部屋が使えないかという動機が発端で、在外研究先を決める第一の決め手でした。ただ、Marcin教授はジーゲン大学から異動してきたばかりで、AppsLabの移設に予定より時間がかかり、私が滞在をはじめた半年後(ロックダウン直前)にようやく環境整備が使えるようになったというのが実情でした。後者については、他大学や企業の研究グループを交えた大規模なプロジェクトで、教授の勧めで在外研究を始める半年前からオブザーバーとしてオンライン参加をしておりましたが、研究の全体像や各グループの関係性や役割などを完全に理解するのに時間を要し、コントリビューションできなかったのが正直なところです。
そして、2020年3月半ばからCOVID19感染症拡大によるロックダウンとなり、スーパーや薬局以外はほとんど閉店し、大学施設も閉鎖対象となりました。外出は自由に行えたので、毎日買い物や散歩に出かける等、日常生活は穏やかでした。ただ、研究面については、AppsLabの利用計画も白紙になり、アパートで文献調査やプログラミング等、できることをやっていくしかありませんでした。5月の上旬にはドイツのロックダウン規制が解除され始め、研究所スタッフは入構可能となりましたが、「10平米あたり1名しか在室してはいけない」という厳しいルールがあり、ほとんどのスタッフは在宅ワークとなり、実験施設も使えない状況が続きました。そして、日本への帰国が頭を過りだした7月に入って、ようやくAppsLabを利用できるようになり、温めていた実験計画を開始し、身体動作データを取得するためにAppsLabに通う日々が続きました。おかげでなんとかデータをとることができたのですが、そのデータを解析する手順ところまでは間に合わず、それは帰国の話になります。
このような状況でしたので、「運が悪かったね」と言われることもありますが、個人的には、ドイツでのコロナ禍の体験は、日本とドイツ、欧米諸国との比較や日本という国を客観視する非常に良い機会となり、人間的にも視野が広がった気がします。また、最初の半年間でそれなりにプライベートもエンジョイしていたこともあり、とても満足感のある1年間を過ごせたと思います(プライベートの話は、またいつかお酒が飲めるようになったら。。。)。この1年でリューベックという街、ドイツという国が大好きになり、また行きたい!と思うようになるとは、渡航前は思いもしなかったです。
最後になりましたが、研究期間中に色々と配慮いただいた学部・学科の先生方、事務の方々にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。
*https://www.imi.uni-luebeck.de/institut/mitarbeiter/aeltere-fotos.html
(電気電子工学科 越智洋司)
学生による研究成果3件が、新聞・オンラインメディアに掲載されました
情報学科 2017年卒業の吉上 康平君(現・ネクストウェア株式会社)の研究成果が、2019年9月にオンラインメディア1件に掲載されました(図1)[1]。この研究は、ソフトウェア開発にゲーム要素を導入すること(ゲーミフィケーション)により,開発効率が高まることを明らかにしたもので、電子情報通信学会英文論文誌Dに採録されました。経済学部 佐々木俊一郎教授らとの共同研究の成果です。
総合理工学研究科 2018年修了の村上 優佳紗さん(現・株式会社NTTデータ関西)の研究成果が、2020年9月にオンラインメディア4件に掲載されました(図2)[2][3][4][5]。この研究は、加齢による記憶力の低下によって、特定のプログラムでは理解により多くの時間を要することを明らかにしたもので、電子情報通信学会英文論文誌Dに採録されました。
総合理工学研究科 2018年修了の高塚由利子さん(現・株式会社グラッドキューブ)の研究成果が、2021年2月に科学新聞(発行部数:40,000部)とオンラインメディア1件に掲載されました(図3)[6][7]。この研究は、技術者がプログラムを理解する速度には性別による差がないことを明らかにしたもので、電子情報通信学会英文論文誌Dに採録されました。
参考文献
- “ゲーミフィケーション導入でソフトウェア開発効率向上 近畿大学の研究グループ”,@IT, 2019年9月20日,https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1909/20/news029.html
- “加齢による記憶力低下、ソフトウェアプログラムの理解を遅らせる 近大の研究”,財経新聞.2020年9月18日,https://www.zaikei.co.jp/article/20200918/585996.html
- “「記憶に頼らなくて済むプログラム」なら若者と中高年で理解能力は変わらない 近畿大学の研究グループが調査”,@IT,2020年9月18日,https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/2009/18/news035.html
- “加齢による記憶力低下、ソフトウエア技術者の理解 に影響 近畿大学”,大学ジャーナルオンライン,2020年9月22日,https://univ-journal.jp/54082/
- “記憶力の補助が中高年ソフトウェア技術者の活用につながる、近大が確認”,マイナビニュース,2020年9月19日,https://news.mynavi.jp/article/20200919-1318673/
- “ソフトウェア技術者の能力に性差なし”,科学新聞,4面,2021年2月12日,https://mobile.twitter.com/the_sci_news/status/1361589334474858499
- “ソフトウェア技術者の能力に性別は関係する? 近畿大学が調査”,大学ジャーナルオンライン,2021年2月13日,https://univ-journal.jp/82435/
(情報学科 角田 雅照)
米国ウィスコンシン大学ミルウオーキー校での在外研究報告
近畿大学内の在外研究員制度を利用して、2019年9月から2020年8月まで米国ウィスコンシン大学の淡水科学大学院に留学しました。ミルウオーキー市はウィスコンシン州最大の都市ですが、人口が59万人程度の落ち着いた街です。近郊では農業や酪農が盛んなため、ミラーに代表されるビール醸造やチーズ作りで知られていますが、オートバイ好きにはハーレーダビッドソンの本社がある街としても有名です。私が滞在したのは大学のメインキャンパスから離れた湖畔の研究施設です。施設の中には市や国の研究者が構えるオフィスや研究室もいくつもあり、ミシガン湖を中心としたミルウオーキー近郊の水環境の保全に関わる研究や調査が推進されています。世界では急速な都市化が進んでおり、すでに全人口の6割が都市部に暮らしています。これに伴って、地球上には下水道を始めとする人工の水域環境が急速に拡大しているのですが、河川や湖沼のような自然水系と比べると、下水中の微生物生態系はまだまだ未解明です。今回私がお世話になったRyan Newton博士は、未処理下水に生息する細菌の群集動態を明らかにする研究を展開しており、近年では下水中の抗生物質耐性遺伝子の動態解析も始めています。そこで都市地下に拡がる下水環境を解明し、近年問題になっている抗生物質耐性細菌の動態を明らかにするための共同研究を進めるのが本留学の目的でした。研究は順調に進んでいたのですが、留学期間が半分を過ぎようとしていた頃にCOVID19感染症が世界的に拡大し、米国でも2020年3月半ばより外出制限令が発令されました。大学施設も閉鎖されましたが、受け入れ先の研究所が急遽立ち上げた下水中のコロナウィルスを検出するプロジェクト研究に便乗して入構許可を取り、予定していた研究を何とか継続する事が出来ました。外出制限令から入構許可取得までが1週間で展開するというとてもスリリングな体験でした。
今回の留学では、州知事による自宅滞在命令に大学の閉鎖、更には人種差別運動(BLM運動)の勃発など、出発前には全く予想していなかった出来事が次々と起こりました。まさに「塞翁が馬」でしたが、普段とは違う米国の姿を見られた貴重な体験となりました。感染症拡大に関しては、米国では楽観的なニュースが多いのに対して、日本からは悲観的なニュースが多く聞こえてきたのが印象的でした。実際の感染者数、死者数、離職者数から鑑みると、反応が真逆だったように思えます。またミネソタ州ミネアポリス市の事件をきっかけに拡がった人種差別への反対運動は、様々な差別を見直すきっかけとして大学や学協会にも急速に拡がりました。これらのイベントを通じて刻々と変わる社会を感じながら、現状に固執せずに柔軟に学ぶことの大切さを改めて痛感しました。この経験は、ぜひ今後の近畿大学や理工学部での活動に生かしていきたいと思います。心残りは、スポーツ観戦やビアガーデンのような、一般的なアメリカライフをほぼ体験できなかった事です。しかし留学をきっかけに、下水空間を対象とした共同研究が動きだしたので、お楽しみは近い将来にとっておきます。
最後になりましたが、研究期間中に色々と配慮いただいた学部・学科および理工総研の先生方、また諸手続を手伝っていただいた事務の方々にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。
(社会環境工学科 松井一彰)