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光合成を化学の眼で理解する・化学の力で造る。

佐賀 佳央 教授

佐賀 佳央
近畿大学理工学部 理学科 教授
  • 教員の所属・職位については、記事公開時のものです。現在の所属・職位とは異なることがあります。ご了承ください
地球のこれまで、そしてこれからも重要な光合成

光合成は、地球外部から供給される太陽光エネルギーを高い効率で変換する自然界の優れたシステムです。周りを見渡すと、さまざまな植物や海や河川などに生育する藻類など、光合成を行っている生物が身近に存在します。また、春から夏にかけてあざやかな緑色を呈している植物の葉が秋に赤色や黄色に変化する紅葉は、我々の感動を呼び起こします。このように現在の我々にとって身近な光合成は、地球のこれまでとこれからの両方で重要なのです。
地球が誕生してから現在までを1年間として考えてみると、人類の祖先の出現は大晦日の午後6時30分、産業革命は同じく大晦日の午後11時59分58秒くらいに換算されます。その一方で、光合成を行う生物の誕生は3月末ごろと換算されます。すなわち、光合成は人類が誕生するはるか前から地球環境を維持し、現在の我々が使用している化石資源を生み出してきており、これまでの地球にとって非常に重要なものと言えます。
ところが、この地球誕生からの1年間の中で光合成によって長期間蓄積された産物を我々は最後のたった2秒間で使用してしまっている状況にあると言えます。すなわちこれからの地球と人類にとって、このままの状況を継続するだけでは、近いうちにエネルギーや環境などの面で行き詰ることが想像されると言うことです。太陽光が地球外部から供給される唯一かつ最大のエネルギーであることを考えると、これからの地球と人類の未来を考えるうえで、光合成を理解し活用していくことはますます重要になってくると考えられるのです。

光合成を化学する

光合成は生物が行っている営みであり、高校までは一般的には生物の教科で扱われています。したがって、「光合成を化学する」という表現に戸惑う方々も多いかと思います。しかし、光合成反応で機能しているパーツは、色素分子などがタンパク質と組み合わさってできています(図1)。タンパク質はアミノ酸が重合してできている大きな分子であることを考えると、光合成が高効率で太陽光エネルギーを変換し地球の環境・エネルギーを維持している源は、分子がうまく組み合わさり集まった分子集合体(超分子)であると言えます。化学は「分子」を扱う学問であり、分子の構造や性質、相互作用を理解するうえで威力を発揮することを思い起こすと、化学の研究対象として光合成は非常に魅力的なテーマであるのです。

光合成

図1 紅色光合成細菌の光捕集タンパク質LH2の構造。左は上から見た図、右は横から見た図。
オレンジと青で示すタンパク質に支えられて、緑とピンクの色素がきれいな環状配列をとって高い太陽光エネルギーの捕集と伝達を行っている。

光合成反応で機能している色素タンパク質がどうしてうまく機能するのかを、超分子構造と機能の関係性から化学の眼で理解することは、自然界で最高のパフォーマンスを発揮している高性能機械の設計図と製造プランを手に入れることになり、教科書を書き換えるような科学の発展につながることが期待できます。また、設計図と基本的な製造プランがあれば、光合成機能を我々の手で改変したり制御して、さらなるパフォーマンス向上や光合成とは異なる分野での応用ができると期待されます。このような光合成超分子の構造や機能の人為的改変あるいは制御は、これからの環境、エネルギー、食糧問題などに貢献できると思われます。
また、地球で最高のパフォーマンスを発揮している光合成超分子の設計図と製造プランを手に入れることは、太陽光エネルギーを有効利用する材料開発にも役立ちます。現在太陽光エネルギーを有効利用するための材料開発は、太陽光発電や人工光合成の分野で大きな注目を集めています。例えば、人工光合成という研究は、自然界の光合成を手本として、太陽光エネルギーから燃料などを製造するのですが、このような反応システムを人工的に作り上げるために、光合成超分子のメカニズムの理解は役立ちます。

光合成で重要な光捕集超分子複合体を調べる・造る

現在の研究では主に、光合成細菌が持っている光捕集超分子複合体を調べています。光合成細菌とは光合成を行っているバクテリアで、我々の身近に存在する植物の進化上の祖先にあたる生物です(図2)。光合成細菌で光合成を行っている超分子の構築原理や機能は基本的には植物と同じですが、植物に比べて生育が早く大量に育てることができるため、光合成超分子や光合成色素などを単離精製し化学の研究対象としていろいろと調べていくための生物として適していると言えます。

試験官

図2 さまざまな光合成細菌の写真

光合成の最初の段階で起こる現象は、太陽光のエネルギーを吸収し、そのエネルギーを反応中心複合体という高エネルギー化合物をつくるもととなる、電子を放出する部分に効率よく送ることです。この機能を担っているのが光捕集超分子複合体であり、太陽光を吸収することができる色素分子が秩序だって配列し相互作用しています。このような配列がどのようにしてできるのか、どのような相互作用が太陽光エネルギー利用の効率化につながっているのかを化学的な視点から明らかにすることが、私の研究のモチベーションのひとつです。このような問題に対して最近は、光捕集超分子複合体の構造や構築プロセス、そのなかでの分子間相互作用の理解を目指した新たなアプローチとして、通常の生物には存在しない分子を酵素基質として光合成細菌の細胞内で半人工的な分子を生合成させ、それらの分子が集合して形成した光捕集超分子をいろいろな測定法で調べています。光合成の常識にとらわれずに実験してみると、意外な構造の分子が酵素基質となる場合があり、光合成を改造する手段としても面白く展開できそうです。
また、高効率の太陽光変換を行っている光合成超分子の精密な分子配置を化学的に造りだし、新たな光機能性ナノマテリアルへ応用することは、私の研究のもうひとつのモチベーションとなっています。光合成の進化の過程で最適化された分子配置は、構造的に美しく優れた機能を発揮する源です。このような優れた超分子を化学的に造ることができれば、光合成の新たな設計図を手に入れることにつながり、太陽光を有効利用する材料開発にも大きく貢献できると考えられます。
そこで光合成超分子を造るためのアプローチとして、緑色光合成細菌の光捕集超分子複合体でみられる水素結合と配位結合をベースとした分子間相互作用によって合成色素をうまく並べた分子集合体を造りました。そのときに、新しい機能や安定性を与える工夫を付け加えることで、光合成の良いところを生かした光機能性ナノマテリアルに展開することを目指しています。
別のアプローチとして、光合成で光捕集を行うタンパク質を足場として人工分子などを配列制御して新しい機能を産み出す研究をしています。紅色光合成細菌の光捕集タンパク質LH2は、タンパク部分が土台となって色素分子をきれいに環状に配列させることで高い光機能性を発現しています(図1)。このような構造の良さを生かすために、LH2タンパク質から一部の色素を化学的に脱離させ、その部分に人工分子を導入するといった、天然光合成と合成分子のハイブリッド超分子を造っています。このように光合成タンパク質に見られる機能分子の配列をうまく応用できれば、人工光合成だけでなく光利用のいろいろな展開が考えられます。

メッセージ

自分自身の壁を取り払い幅広い興味を持って異なる分野にも挑戦すること、自分が好きなことや得意な分野に関する基礎力を深く身につけること、この両方をうまく楽しみながら頑張ってみるといいと思います。このふたつは、相容れないように感じる方もいるかも知れませんが、研究を楽しむための車の両輪のようなものと個人的には考えています。

実験風景

化学を軸として光合成を研究していると、当然、化学系の研究者との交流はありますが、理論物理や生物学、さらには農学や地学、環境科学といった分野との交流もあります。異分野との交流では、化学では当たり前の考え方や表現が通じないこともあり、逆に異分野の研究者が言っていることがさっぱりわからないということもあります。そういう状況はストレスにも感じるかも知れず、自分が所属している分野だけに閉じこもっていれば居心地はいいのかも知れません。しかし、少し好奇心を持って飛び出してみることで新鮮な発見があり、意外に楽しいものです。また、異分野交流によって得られる成果は同じ価値観を持つメンバー同士の成果よりも、質的にかなり優れてブレークスルーを生み出す場合が多いと思います。
自分の分野に関する基礎力を深く身につけることは、幅広い興味を持って異なる分野に挑戦することとは少し相容れないと感じる人もいるかも知れません。しかし、自分の好きな分野、得意分野での基礎力は、強力な武器になります。異分野への参入においても、自身の分野に関する基礎力は重要であり、また異分野交流を楽しむためにも必要です。例えば、私の経験でも、光合成の異分野交流での検討課題に対して「化学的にはどう考える?」などという問いかけはありますが、化学の基礎が不足していると意外とうまく答えられないものです。
基礎科学を発展させる研究も、社会に役立つ研究も、自身の分野を極めている人が異分野との相乗効果でブレークするパターンが多いように感じます。自分が好きなこと、得意なことを磨き、好奇心を持って恐れることなく異なる分野や価値観の人々とぜひ交流してもらいたいと思います。

用語解説
光捕集アンテナ超分子とは 光合成の初期反応で太陽光の大部分を吸収し、反応中心タンパク質へエネルギーを送り込む働きを持つ、光合成色素とタンパク質の複合体。タンパク質が関係せずに光合成色素が自己集合している複合体も存在する。光合成を効率よく行うために必要である。
光合成細菌とは 光合成を行う原核生物で、現在陸上で繁栄している高等植物の進化上の祖先にあたる生物。
佐賀 佳央
理学科 教授

所属: 学科 / 理学科 化学コース  専攻/ 理学専攻研究室: 生物化学研究室

略歴 1990年 富山県立富山中部高校 卒業
1994年 東京大学工学部工業化学科 卒業(指導教官 小宮山真教授)
1996年 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 修士課程修了(指導教官 渡辺正教授)
1999年 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士課程修了(指導教官 渡辺正教授)
1999年 立命館大学総合理工学研究機構 博士研究員(民秋均教授)
2002年 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2003年 日本学術振興会 特別研究員(SPD)
2005年 近畿大学理工学部理学科化学コース 講師
2010年 近畿大学理工学部理学科化学コース 准教授
2014年 科学技術振興機構 さきがけ研究者(兼任)
受賞 2004年 日本化学会第18回若い世代の特別講演会講演証
2007年 積水化学自然に学ぶものづくり研究助成プログラム奨励賞

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