学部長挨拶
文芸学部の「文芸」とは何を意味するのでしょうか。学部創設時(1989年)の理念に遡ってみると、そこには大きく二つの意味が見て取れます。ひとつは、文学(創作を含む)と芸術の分野を併せ持ち、それを他大学の従来の文学部にもあった哲学、倫理学、歴史学、民俗学、社会学などの学問と統合した学部であること。もうひとつは、ルネサンスを「文芸復興」と訳すことがあるように、学問、文学、芸術を単なる並存ではなく、総括的な視野で横断的に活性化する「人文学(humanities)」の実践を目指す学部であるということです。そうした理念を引き継ぎつつ時代とともに改編を重ね、現在の文芸学部は、文学科(日本文学専攻、英語英米文学専攻)、芸術学科(舞台芸術専攻、造形芸術専攻)、文化・歴史学科、そしてそれら人間の文化全域を「デザイン」する文化デザイン学科(2027年度よりデザイン学科に改称)の4学科で構成されています。
昨今、大学は国家や資本からさまざまな要請を受けていますが、文芸学部で学ぶ人文系、芸術系の領域は、しばしば社会的に「役に立たない」ものだという誤解にさらされているようです。しかし、競争と採算の論理のもとで設定された目的を達成する手段や方策ばかりが「役に立つ」ことだとは限りません。一見すると「常識」的な価値観も含め、既定の目的や価値を根本から吟味し、新たな価値を創造していくためには、言語や歴史や文化の細部に目を凝らし耳を澄ませながら、その絶えざる変容を触知する鋭敏な知性と感性が不可欠です。単に現状を追認するのではなく、自明視された「現実」に批判的に向き合おうとすれば、国家や資本の論理から距離をとり、ものごとを根源的に思考することこそ、長期的な視野に立てば何より「役に立つ」ことだと言わなければなりません。
またAIの急速な普及に伴って、人間が「言語」を使って考え、「身体」をもって生きていることの意味が、いま改めて問い直されています。文化的差異を脱色した大量のデジタル情報に囲まれる環境にあって、文芸学部が生みだすべき「知」とは、もちろん単に情報の集積や効率的処理ではないはずです。さまざまな出会いや体験のなかで、時に途方にくれてゆっくりと佇み、言葉を発しようとして口ごもり、言いよどみ、他者の前でおののき、はじらい、ためらう…、文芸学部で学ぼうとする皆さんが、そうした豊かな時間と身ぶりから本当の意味で自由な思考や表現を育んでいくことを願ってやみません。
- 八角 聡仁
- AKIHITO YASUMI
- 教授/学部長
- 学部創設時の理念については、文芸学部10周年記念誌『文芸学部の10年』(2000年、近畿大学文芸学部)などに詳しく記されています。