研究レポート

タンパク質のひとつ"酵素"を形という視点から研究することで、
花粉症の特効薬が見えてくる。

バイオ分子化学研究室/大沼 貴之 准教授

 生物の体の中では、試験管の中ではとうていできないような複雑な化学反応が、いとも簡単に行われています。例えば、食物を食べて消化し、必要な栄養を吸収してエネルギーに変えたり、体内に入ったウイルスを駆逐したり。それらはすべて"酵素"と呼ばれる、人の体の中だけでも数千種類以上も存在する不思議な物質によって行われています。この不思議な物質"酵素"は、タンパク質のひとつで、一本の鎖のようにつながったアミノ酸が折りたたまれることで立体的な形を作りだしています。この形は酵素の種類ごとに決められていて、形を特定することで人工的に酵素を作りだしたり、新たな性能を付加したりということが可能なだけでなく、生物に関する様々な事象の原因を紐解くきっかけになるのです。
 日本人の約4人に1人が悩まされていると言われる花粉症は、文字通り花粉が原因で引き起こされる症状なのですが、詳しくは花粉に含まれるタンパク質に起因されます。花粉には100種類以上のタンパク質が含まれ、その中で、これまでに10種類程度のタンパク質が花粉症の引き金(アレルゲン)となっていることがわかっています。花粉アレルゲンの内6〜7割は酵素に分類されるようです。この花粉に含まれるタンパク質や酵素が人の体に入った際に、人に備わる免疫という機能が形から異物と判断し、体外に出そうとすることで花粉症の症状が発生するのです。逆に言えば、花粉に含まれるタンパク質や酵素の形をすべて特定できれば、花粉症を100%抑える薬を開発することが可能かもしれません。タンパク質や酵素は生物に深く関わる要素。これを形という視点から研究することで、様々な問題の解決の糸口になるかもしれません。

スギ花粉アレルゲン

スギ花粉アレルゲン

多能性幹細胞(万能細胞)のメカニズムを解き明かし、
再生医療の未来を切り拓く。

動物分子遺伝研究室 / 岡村 大治 講師

 近年話題となっているES細胞やiPS細胞に代表される多能性幹細胞は"万能細胞"とも呼ばれ、再生医療に革新をもたらすとして広く注目を集めています。
 ヒトの体はたった一つの受精卵が分裂・増殖を繰り返し、筋肉・神経・血液などあらゆる細胞へと変化した結果、約60兆個の細胞で構成されます。多能性幹細胞は受精卵のようにあらゆる細胞へと変化することが可能なばかりでなく、無限に増殖するという癌細胞と似た特徴も持ちます。
 現在の再生医療は試験管や培養皿で多能性幹細胞を培養し、必要な細胞を作った上で患者さんに移植し、病気や怪我で失った機能を回復させる研究が進められています。一方で、あらかじめ家畜や動物の体内でヒトの細胞で構成されたヒトの臓器を作り、必要な時に移植する研究も進められています。
 かつて、動物の体内でヒトの細胞が定着した例はひとつとしてありませんでしたが、我々はヒト多能性幹細胞の培養に特殊な工夫をすることで、世界で初めてマウスの胚にヒトの細胞を定着させ、マウスの細胞と共に分化・発生させることに成功しました。動物の体を借りて臓器を作るという再生医療の実現への大きな一歩となっただけでなく、動物の体内でヒト多能性幹細胞がどのように分化していくかを研究することで、その多くが未解明なヒト胎児の発生を解明することが期待されます。さらに多能性幹細胞の無限増殖のメカニズムを調べることは、癌細胞の発生原因を突き止めることに繋がり、癌の予防薬の開発などさまざまな分野の進歩へとつながると考えています。

マウスの胚に定着したヒト多能性幹細胞(緑色の細胞)

マウスの胚に定着したヒト多能性幹細胞(緑色の細胞)

新しい培養条件でのヒト多能性幹細胞

新しい培養条件でのヒト多能性幹細胞

未知なる植物の免疫機構を理解し、
耐病性植物の開発技術への応用を目指す

植物分子遺伝学研究室/山口 公志 助教

 「食糧不足」という言葉を現実的な問題として捉えている人はそう多くはないと思います。先人の農業改革により作物の生産量が格段に増加し、平均すると食料は足りている環境に私たちは暮らしています。しかし、地球全体では人口の増加が今後も進み、現在の生産量では将来、食糧不足となると試算されています。そのため、将来の食糧不足に対応するための革新的な技術開発が求められています。そこで、私たちは農業生産の総収量の多くが、病害により失われていることに着目しています。その損失は、膨大で世界で約10億人分の食糧に相当します。私たちの研究室では、植物自身が本来もつ病原菌に対する防御機構の基本システムを分子レベルで理解し、その学術的な知見を耐病性作物の開発に繋げることで、食料生産の増加に貢献したいと考えています。
植物は、自身の細胞に様々なセンサーを持ち、外から侵入してきた様々な病原菌(カビ・バクテリア・ウィルスなど)が体の中に入ってきたことをすぐに検知する能力を持っています。植物は、体内の病原菌を見つけると、病原菌に対して様々な防御反応を発動させます。このような一連の防御機構は、私たち動物の自然免疫機構と似ていることから、植物免疫と呼ばれています。私たちの研究室では、イネやシロイヌナズナを実験材料に、病原菌の発見から免疫反応の誘導に至る過程で主要な働きをしている分子を単離し、解析することで、植物免疫の分子機構の全容を解明することを目指しています。さらに、植物免疫の主要分子を利用し、耐病性を付与した作物の開発にも取り組んでいます。耐病性作物の開発は、食料の増産につながるだけでなく、農薬の軽減にもつながり、環境の保全にも貢献します。この研究の先には、私たち人間の抱えるさまざまな問題を安全に解決できる未来がたくさん詰め込まれています。

img_03-1.jpg