研究レポート

昆虫の化学的制御の仕組みを学び、安全な新しい農薬を生みだす。

生物制御化学研究室 / 松田 一彦 教授

 みなさんは昆虫にも神経があり、味覚や嗅覚、視覚といった人間と同じような感覚をもっていることはご存知でしょうか?こういった感覚は、昆虫と植物の生態に深く関わっています。例えば、キャベツがモンシロチョウの幼虫により食害されると独特の匂いをブレンドし、天敵の寄生蜂を呼び寄せます。このように植物は昆虫の神経をうまくコントロールし、自分の身をまもっています。
 除虫菊はピレスリンと呼ばれる昆虫の神経に作用する殺虫剤をつくり、花の子房や葉に蓄えることで、昆虫による攻撃から身を守ります。私たちは、除虫菊がどのような化学反応によってピレスリンを作っているのかを研究し、植物が化学的に昆虫を制御する仕組みの解明に取り組んでいます。
 また私たちは、合成殺虫剤が昆虫選択的に効果を発揮する仕組みや、植物に含まれている成分が微生物に殺虫剤をつくらせる仕組みについても研究しています。このような植物と昆虫の関係を化学的にひもとくことによって、環境やヒトに優しく、効果の高い新しい農薬の創出することを夢見ています。

薬用植物からがんに有効な薬を開発する。

生命資源化学研究室 / 飯田 彰 教授

 医療が進歩した現代でも、進行するとその治療が難しいとされるのが“がん”です。がんと人類の戦いは数千年にもおよびますが、それでも“特効薬”となる薬はいまだ開発されていません。がんに有効な薬を開発することは人類の大きな目標でもあるのです。
 そもそも薬の歴史をひもとくと、その多くが植物や菌類などの微生物といった、自然界に存在するものから発見されてきました。古くから人々の間で“生薬”や“漢方”といった形で言い伝えられる、体に良い植物や菌類を研究し人の体に有効な成分を見つけ、化学的につくりだすことで薬として利用されています。この人の体に有効な成分をもった植物“薬用植物”の中から、がんに有効な働きを持つ化合物が実際に発見されています。
 ブラジル・アマゾン川流域に自生するノウゼンカズラ科の樹木は、地元の人々に“タヒボ茶”の名で愛飲されていて、古くから健康に良い薬用茶として知られていました。そこで、タヒボ茶の研究がはじまり、今では抗腫瘍、抗酸化、抗炎症といった、がんや生活習慣病に有効な化合物が発見されています。ただ、このがんや生活習慣病に有効な化合物が見られるのは、樹齢30年以上の特定の種で、高さ30mの木からたった3.5グラムしか取り出すことができない上、アマゾン川流域の環境下でしか育たないため人工栽培もできず、実際に薬を製造するのは非常に困難です。そこでこの問題を解決するため、天然の化合物を化学的に合成し、大量に生産する技術が開発されてきています。
 古くから人々に愛用されてきた民間薬に含まれる化合物は、長い間人が摂取した実績がある安全性の高い化合物です。この研究が進んだ先には、従来の抗がん剤の課題であった副作用も少ない、がんの特効薬の開発につながると期待されています。

不可能と言われているマツタケの人工栽培を目指して。

食品微生物工学研究室 /白坂 憲章 教授

 秋の風物詩としても名高い、きのこの王様“マツタケ”。日本では需要も高く、年々収穫量が減少していることもあり、人工栽培の研究は昔から進められてきました。きのこの人工栽培自体は盛んに行われており、椎茸や舞茸、エノキやしめじといったきのこは、現在では人工栽培法も確立され年中スーパーで安価に手にいれることができます。それに対してマツタケは人工栽培が非常に難しく不可能と考えられてきました。マツタケを作る菌は菌根菌とよばれ、アカマツという木の根と共存し、お互いに必要な栄養素を交換することでマツタケを形成します。そのため、生きたアカマツの根元でなければマツタケは生えず、また根元の湿度、温度、日射時間、土の柔らかさ、栄養など複雑な自然環境も関係してくるため、人工的にその条件を作り出すことが困難だからです。そこで私たちは、マツタケの栽培条件を整えるのではなく、人工的な条件下でも育つマツタケを作るという視点から研究を進めています。
 マツタケは他のきのこに比べると、デンプンなどの糖質から栄養分であるブドウ糖を作る能力が非常に弱いことが研究からわかってきました。そこで、糖質を分解して栄養分をつくりだす能力が高いマツタケの菌株を選抜し、比較的栽培しやすい菌株を用意することからはじめ、マツタケが利用しやすい糖質を選んで供給することで、ブドウ糖の生産を手助けをする方法でマツタケの栽培ができないかを実験しています。
 また、マツタケが好む新たな栄養素を見つける研究も行われています。天然のマツタケはアカマツから栄養素を受給していますが、それ以外にも必要な栄養素があるのかもしれません。こうした様々な角度から研究を進めることで、近い将来、マツタケもスーパーで手軽に買える日がくるかもしれません。