研究レポート
アフリカにおける国際科学技術協力:気候変動対応農法とは?
作物学研究室/飯嶋 盛雄 教授
アフリカの南西部に位置するナミビアは、世界最古の"真っ赤なナミブ砂漠"と広大な"カラハリ砂漠"を有するとても乾燥した国です。ところが、北部地方では雨季になると砂漠のオアシスのような広大な季節性湿地帯が出現します。ここでは古くから人口が集中し、アフリカの半乾燥地に生きる人々の生活が営まれてきました。ところが、最近では、洪水と干ばつという両極端な気候が頻発しており、現地の作物生産が壊滅的な状態となり食糧の緊急援助が繰り返されてきました。この洪水と干ばつの頻発は、いまや世界全体が直面しようとしている、気候変動が進む現代の新しい課題です。
そこで、ナミビアの季節性湿地帯をモデルとして、気候変動対応農法を開発しようとする試みが行われました。JST(科学技術振興機構)とJICA(国際協力機構)による支援を受けた、多数の日本の大学が参画する国際的な科学技術協力事業です。農学・理学・社会科学の異分野集団により基礎研究が展開されました。この事業の中で生まれたのが"接触混植"という新しい考え方です。洪水に強いイネの根と乾燥に強い作物の根を絡み合わせ、あたかも一つの植物のように、一つの株状態で育てるという新しい考え方です。イネの根が水中で放出する酸素が乾燥に強い穀物に受け渡されることにより洪水耐性が強化されます。いっぽう、乾燥に強い穀物の根が乾いた土壌中に放出する水をイネが受け取り、その干ばつ耐性が強化できるという考え方です。
この"接触混植"が、現地の農家の方々の"在来知"により改良されました。イネではなく、在来の穀物同士を接触混植することによって洪水と干ばつに対応できるとのことでした。目からうろこでした。在来の知識が科学技術と融合したときにこそ、持続的な農法が生まれるのかもしれません。近い将来、日本の科学技術協力事業の一つの成果が、アフリカの半乾燥地で根付いていくことを期待しております。
<接触混植による畑作物の洪水耐性の強化>
左: イネ単独、中央: パールミレット単独、右: イネ/パールミレット混植.
Awala et al. (2016)Eur J Agron 80: 105-112. (著者らのオープンアクセス論文、第1図より引用).
<ナミビア国の農家が自主的に始めた接触混植>
a: パールミレット、b: ソルガム. 農家曰く、"干ばつ年にはパールミレットがソルガムを助ける".
Awala et al. (2016)Eur J Agron 80: 105-112. (著者らのオープンアクセス論文、第7図より引用).
静電気の力で植物を病害虫から守る。
植物感染制御工学研究室/松田 克礼 教授
私達は、静電気を利用した新しいタイプの網戸「静電場スクリーン」の開発に取り組んでいます。静電場スクリーンは、風は通すが、病原菌の胞子や花粉、あるいは、網戸を通り抜ける小さな害虫を捕まえることができるハイテク網戸です。その捕まえる力は、擦った下敷きを髪の毛に近づけると引っ張られる、あの静電気の力です。この網戸を温室に設置すれば、窓を開放した状態で病原菌の胞子や害虫の侵入を抑制でき、減農薬栽培や無農薬栽培につながると期待できます。また、静電気の捕捉力を利用して、植物体からタバココナジラミやアブラムシなど回収するライトセイバー状の「静電セイバー」。植物体から逃げて飛び上がったタバココナジラミやハモグリバエを捕まえるラケット状の「静電バグキャッチャー」も開発しました。さらに、適用範囲は農業分野に留まらず、生活環境の窓や換気システムなどに適用すれば、花粉や粉塵、PM2.5などの大気汚染物質の生活空間への侵入防止に利用できます。また、鶏舎や畜舎に適用すれば、ウイルスを媒介する蚊やダニなどの侵入とヒトが生活する環境への拡散防止に利用できます。現在、さらに装置を大幅に改良し、野外でも使用できる「静電インセクトフェンス」を試作しています。大きな静電フェンスで、茶畑や果樹園を取り囲めば、減農薬栽培が可能になり、日本産の農産物の価値をより高めることができます。マラリア原虫を媒介するハマダラカが生息する地域、そこに建てられた教育施設や病院を静電フェンスで取り囲めば、安心安全な生活空間をつくることができます。私達は、この技術にまだ気づいていない多くの潜在能力があると期待しています。今後、興味をもって頂いた色々な分野の方々と協力し、静電気を利用した環境改善技術で社会に貢献できるように取り組んでいきたいと思います。
静電場スクリーン
静電インセクトフェンス
温室栽培トマト、メロンおよびイチゴを植物病原菌から守るための方法を考える
植物感染制御工学研究室/野々村 照雄 教授
温室栽培トマト、メロンおよびイチゴを植物病原菌から守るために、新たな防除法の開発を目指しています。植物病害としては、うどんこ病とフザリウム病に注目しています。うどんこ病(地上部病害)とは、植物葉に白い粉を振りかけたような症状であり、葉全体が真っ白(菌糸)になる病気です。うどんこ病菌は"絶対寄生菌"と呼ばれる糸状菌(カビ)であり、培地上で人工培養ができず、また、生きた植物に感染します。まず、植物病害に対し、効果的かつ効率的な防除手段を講じるためには、植物病原菌の特性や特徴を十分に理解する必要があります。そこで顕微鏡技術を利用して、うどんこ病菌の形態観察や感染過程の解析を行っています。また、実際に、温室でトマト、メロンおよびイチゴを養液栽培し、栽培期間中におけるうどんこ病の発生調査を行うとともに、化学農薬にのみ依存しない新たな防除法を開発して、実用化に向けたうどんこ病防除に関する基礎的研究を行っています。
一方、フザリウム病(土壌病害、根部病害)とは、植物根から病原菌の侵入・感染によって植物が萎ちょう、枯死する病気です。フザリウム病菌は"腐生菌"と呼ばれる糸状菌(カビ)であり、土壌中に生息しています。特に、メロンに発生するフザリウム病(メロンつる割病)の防除では、育種工学的手法を用いてメロンを品種改良し、病気に強く、果実が甘く、機能性を有したメロンの作出を目指しています。一般的に、メロンは高価なイメージがあります。メロンを安定的、かつ安価に生産することで、メロン本来の固定概念を打破し、毎日、メロンが食卓に並ぶ日がくることを願っています。
A: メロンうどんこ病菌の分生子柄(子孫胞子を形成する構造体)
B: 植物細胞によって誘導された過敏感壊死(植物の抵抗反応)
C: 植物根上で旺盛に生育するフザリウム病菌
D: 栄養培地で培養されたメロンつる割病菌
E: メロンつる割病に抵抗性を示すメロン系統