分子細胞生物学研究室

研究課題

ゲノム創薬研究による細胞増殖・がんの仕組みの解明と抗がん薬開発・臨床応用
ゲノム薬理・ゲノム医療研究による、薬物の副作用の仕組みとテーラーメード(個別)医療、再生医療への応用
最先端のテクノロジー(遺伝子ノックアウト病態モデルマウス)を用いたがん、RNA制御と神経難病、再生医療研究と新しい治療法の開発

研究室紹介

遺伝子発現における転写後プロセスの制御を標的とした創薬

背景:メッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質の関係

2019年末からの新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチンの成功により、「mRNA」という言葉が生物学を専門としない一般市民にまで浸透しました。分子細胞生物学講座では、この「mRNA」に注目した研究をおこなっています。私たちを含む生命の設計図であるDNAに記載された遺伝情報は、mRNAに写し取られ(転写)、mRNAを設計図としてタンパク質が作られます(翻訳)。この過程を遺伝子発現といいます。タンパク質は機能分子として私たちの体を形作り、酵素やホルモンなどとして生命現象を生み出しています。実際、現在使用されている薬のほとんどは、タンパク質を標的とした酵素やホルモンの機能を調節するものです。

mRNAの転写後プロセスを標的とした創薬

近年、mRNAが転写されてから、翻訳されるまでの過程である「転写後プロセス」が、様々な生命現象のなかできわめて大きな役割を果たしていることが明らかとなり、新たな創薬標的として注目されつつあります。例えば、細胞の増殖を促進する増殖因子や、感染症に対応する炎症反応誘導因子として働くタンパク質は、その過剰な産生は、がんや炎症性疾患(例:リウマチ)の原因となります。そのため、これらの遺伝子の発現は一過性である必要があり、mRNA分解の促進や、mRNA翻訳の抑制などの転写後プロセスにより厳密に制御されています。しかし、様々な技術的問題から、転写後プロセスを標的とした創薬の成功報告は限られていました。私たちは、独自の転写後プロセスを簡易・高精度に評価する測定法の開発に成功し、がんや炎症性疾患を含む様々な病気の治療薬開発プラットフォームの構築を進めています。

mRNA監視機構を標的とした創薬

転写後プロセスの制御機構のなかで、最も解析が進んでいるものの一つが、私たちが中心となってその分子機構を解明したmRNA監視機構です。mRNA監視機構は、mRNA翻訳が途中で止まってしまう遺伝子変異を持つmRNAを監視し、積極的に分解排除します。例えば、がん細胞における遺伝子変異により生み出される「がん抗原」をコードするmRNAは、通常mRNA監視機構が分解排除しています。そのため、mRNA監視機構を阻害することで「がん抗原」の発現を誘導することができます。

SMG1キナーゼを標的とした創薬

SMG1キナーゼはmRNA監視機構を制御するタンパク質リン酸化酵素として、山下が同定、報告しました(2001年)。その後の研究により、炎症性サイトカインmRNA分解(2019年)や抗酸化ストレス(2025年)に関わることを見いだしています。そのため、SMG1阻害剤はmRNA監視機構阻害剤として「がん抗原」の発現を誘導すると共に、炎症を促進するがん免疫活性化剤として期待されます。一方で、SMG1活性化剤は炎症性サイトカインmRNAの分解促進を介した抗炎症と、抗酸化ストレス活性化を介した抗酸化を同時に実現する、新たな慢性疾患予防・治療剤となると期待し、研究を進めています。